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子育て平和の日

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 9月1日は、稚内では「子育て平和の日」です。
 1986(昭和61)年に『子育て平和都市宣言』を行った稚内市は、9月1日を「子育て平和の日」と制定し、その後この日に市内全学校の児童生徒の代表を宗谷岬公園に集めて、恒久の平和を願い決意する機会として、『子育て平和記念式典』を実施しています。
 今年も、市内全学校から児童生徒の代表が集って式典が行われました。

 曇天で、東からの強風が吹きつける、肌寒い、宗谷岬らしい厳しい気候の日でした。でも、みんなきっと、この式典の意義をわかっているのでしょう。強風や肌寒さに負けずにきちんと整列し、まず「黙祷」が行われました。

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 「子育て平和の日」が9月1日とされたのには、悲しい背景があります。
 1983(昭和58)年の9月1日に、稚内市の北100kmほど先のサハリン、モネロン島上空で大韓航空機がソ連の戦闘機に撃墜され、乗客・乗員269名全員の命が奪われるという、世界を震撼させた大事件が起きました。
 稚内の「子育て平和の日」は、そのことに由来しています。
 東西冷戦の時代ではあったものの、まさに私たちの目と鼻の先でそんな悲劇が起きるとは、誰も予想していませんでした。ものすごい衝撃でした。
 稚内市民は、その悲しみと怒りを胸に刻み、平和であることの幸せをかみしめ、同時に平和を守るためには大人が行動すること、平和を希求する子どもを育むことを誓い合いました。
 その決意は、『子育て平和都市宣言』として結実し、「子育て平和の日」を誕生させたのです。

 今年は、その事件からちょうど30年目の年に当たります。
 報道もたくさん入る中での式典でした。

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 式典は、市長さんの主催者あいさつで始まり、大韓航空機事故遺族会代表の方のあいさつ、『子育て平和都市宣言』文の朗読、「子育て平和の日の意義」について話と続きました。
 その次には、市内小中学校のうちブロック代表の児童・生徒から学校で実際に取り組んだ平和をめざす活動や学びの紹介、そして決意が発表されました。
「今年も全校で千羽鶴を折り、『平和学習』を行いました。」
「『いじめのない楽しい学校』にしようと、取り組んでいます。」
「『あいさつ運動』を行い、明るいあいさつを交わし合うように取り組んでいます。」
「学校では、『助け合い』を大事にしています。」
「戦争や争いのない、平和な世界になることを祈っています。」
 各学校における子ども達の取り組みや学びは、まさに希望の光です。また、この交流自体が、参加した子ども達にとって確かな「生きる力」を育む貴重な学習の機会であることを実感しました。
 様々に学んだこと・感じ取ったことを、平和な社会をつくるために、世の中のすべての人たちが幸せを享受できるために活用できる、そんな稚内の子どもにきっと育ち合うことでしょう。

 その後、会場のみんなで『上を向いて歩こう』を合唱しました。
 最後には、市長さん・大韓航空機遺族会の皆さん・各校代表児童生徒が、願いや祈りを書いた短冊をつけた風船を一斉に空に向かって放ちました。
 色とりどりの風船は、東からの強風に乗って、一気に西の空に小さく小さくなっていきました。

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 式典には、宗谷中から生徒会役員の3名が代表参加し、平和への思いを他校の仲間と共有し、『世界平和の鐘』『子育て平和の鐘』を鍾打して平和を祈願してきました。
 3名の感想です。
「遺族会の方のお話を聞いて、今、自分が幸せに過ごせていることを
 改めて感じたし、他の学校の人たちが、仲良く過ごすために
 いろいろなことをやっているんだなと感じました。」
「ブロック代表の『決意発表』の時、
 小学生でもしっかりとしたことを言っていて、びっくりしました。」
「みんなで、『上を向いて歩こう』を歌った時、
 会場が1つになった気がして、すごくよかったです。」

 9月1日、子育て平和の日。
 子ども達にとっては、稚内ぐるみで平和を願い、行動していること、他校の生徒はそんな仲間であることを感じ合う日となったようです。
 そして、大人にとっては、子ども達から勇気をもらった日になりました。

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