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1年生「道徳授業」から・・・

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 『思いやりの心』をテーマにした道徳の学習が、先週、1年生で実施されました。
 「もし、突然目が見えなくなってしまったら・・・」という内容で、相手の身になって感じる、相手に対して思いやる行動を考えました。
 もしも自分がそういう立場になったら・・・と想像して気持ちを書いたり、アイマスクをして目が不自由な状態で歩行したり、アイマスクをした仲間の手を引いてリードしたりという学習の中で、相手に対する「思いやり」について考えました。

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 もし、突然目が見えなくなってしまったら・・・子ども達が想像しました。
「真っ暗。何も見えない。相手の顔や周りがわからない。」
「誰がどこにいるのかわからなくなる。自分自身もどこにいるかわからなくなる。」
「困る、何もできない、どこに何があるかわからない、
 何が起きているかわからない。」
「ゲームができなくなる。マンガが見れない。
 アニメも見れなくなる.パソコンも見れなくなる。」
「変な方向に行ってしまう、けがにつながる、物を壊してしまうかもしれない。」
「相手の感情がわからない。」

 その時の気持ちを表現できた子もいます。
「悲しい。」
「不安、不便。」
「嫌だ。最悪。生きてられないかも。てか、生きれるのか。」
「自分の生きている意味がわからなくなりそう。」
「もうみんなの顔が見れなくなるんだなあと思う。狂いそう。」
「人生終わりだとショックを受ける。恐怖心が芽生えると思う。」

 実際には心身に障がいがなく生きて過ごしている自分ですから、もし「目が見えなくなる」という状態になったと想像したら、とても不安で悲しく、絶望的な気持ちになってしまうだろうと子ども達の多くは考えたようです。

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 次に、アイマスクをして疑似体験をしました。手を引かれる役、手を引く役。手を引く役のときには、相手を安全に誘導できるようにどんなことを心がけたでしょう?
・声をかけながら誘導した。
・左や右、歩数を教えてあげた。
・「階段だよ。」「はい、ここ左に曲がって」「ここは○○教室だよ~」と、語りかけた。
・なるべく自分の近くに相手をひきよせた。
・相手を不安にさせないように、多く話した。
 
 最後に、今日の授業を振り返って、子ども達が感じたり気づいたりしたことです。
・目が見えない人は本当に不安で大変なんだと思った。
・目が見えない中で生活するのは、とても苦労すると思った。
・目が見えないのは、すごく不便だと思った。
・体に障がいがあると、いろいろな負担があることがわかりました。
・歩くことだけでもやっとなのに、
 目が見えないのにピアノとかをしてる人が本当にすごいと思った。
・目が見えない人がいたら、助けてあげる。
・目が見えなくて困っていたら助ける。声をかける。

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 世の中には実際に目が不自由な人、生まれたときからそういう人、人生の途中でそうなった人がいます。「不安」であっても「不便」であっても「負担」があって、そうした「障がい」を抱えて生きています。
 きっと、「障がい」=「人生終わり」ではなく、くじけず、気持ちで負けないで、不自由さと向き合って生きていらっしゃるのではないかと思います。

 しかし、「障がい」があっても不安にならず、不便でなく、負担が軽くなるのは、その人の努力というよりは、やはり周囲の環境によるものでしょう。
 そうした意味で、われわれも他者から見たら「環境因子」のひとつであるから、「思いやりの心」をいっそう豊かにし「相手の立場に立ち、人のための行動できる力」をいっそう強めたいなと感じさせられた授業でした。
 この学習を通じて、1年生は相手の立場に立って考える、「思いやりの心」をもつことの大切さを少し学べたようです。でも、勉強はまだまだきっと必要です。
 この学習が1歩になって、人間性を磨き上げる学びを大いにしてほしい、そう感じました。

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